丹波立杭焼とイギリス文化が調和する美しい日常(丹波篠山市 - 丹波立杭焼/丹窓窯)

長い歴史を有する日本の代表的な陶器窯「日本六古窯(にほんろっこよう)」の1つに数えられる「丹波立杭焼(たんばたちくいやき)」。その歴史は古く、起源は平安時代末期にまでさかのぼります。50以上ある窯元の中でも江戸時代以前から続く歴史ある窯元「丹窓窯(たんそうがま)」の8代目で、泥を使って模様を描くイギリスの「スリップウェア」を丹波焼に取り込んだ作品づくりを行う市野茂子さん。伝統的な丹波焼を異国の文化と掛け合わせたきっかけや、丹波焼に込める思いを伺いました。

掲載日
2022.01.28
最終更新日
2026.02.13

丹波立杭焼の窯元「丹窓窯」8代目。メディアでも多数紹介されている注目の丹波焼作家。結婚を機に「丹窓窯」へ嫁ぎ、30歳で先代・茂良氏とともに渡英。8代目に就任後は、伝統的な丹波焼とイギリスのスリップウェアを組み合わせた作品づくりに取り組み、現在に至る。

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市野茂子(いちのしげこ)
丹波立杭焼とイギリス文化が調和する美しい日常(丹波篠山市 - 丹波立杭焼/丹窓窯)

800年の歴史を誇る「丹波立杭焼」と、それを受け継ぐ「丹窓窯」


のどかな田園が続き、山々に囲まれた丹波立杭の地。山の斜面を切り開くように50軒以上もの窯元が点在し、窯の名前が力強く書かれた看板がそれぞれの軒先に掲げられています。



「丹波立杭焼」の窯元の1つである「丹窓窯」の8代目・市野茂子さん。江戸時代以前から続くという由緒正しい窯元を、今は亡きご主人の茂良(しげよし)さんから受け継ぎました。丹波焼は窯元や作家によってそれぞれ個性があり、茂子さんの作品の特徴は、伝統的な丹波焼にイギリスの陶芸「スリップウェア」に用いられる手法を掛け合わせているところ。「丹窓窯」の器の魅力を紐解くために、まずは誕生以来約800年にわたって丹波の地に受け継がれてきたという丹波焼の歴史についてみていきましょう。



丹波焼が生まれてから江戸時代に入るまでの器は成形したら何も塗らず、そのまま窯入れされ、色や模様は火の強さや当たり具合によって自然と描かれたものでした。
やがて江戸時代に「登り窯」を使って丹波焼を焼くようになると、表現にも大きな変化が生まれます。器の表面に釉薬(ゆうやく)と呼ばれる薬品をかけて焼くことで、表面がガラス質で覆われ、器に意図して色を付けられるようになるのです。


「江戸時代になってからは、白釉(しろぐすり)とか灰釉(はいぐすり)とか、いろんな釉薬を丹波焼に使うようになって。『白丹波(しろたんば)』って呼ばれる白い丹波焼も、この頃に生まれたんです」。


「丹窓窯」のギャラリーにずらりと並んだ色とりどりの丹波焼。どの色も一言では言い表せない歴史と深い味わいが感じられます。



丹波焼に美しい発色を施すのは至難の業。その理由は、丹波焼に使われる土の成分にあると茂子さんは語ります。


「鉄分が多いんですよ、丹波の土は。焼くと黒っぽいんで、釉薬できれいに発色させるのが難しい……。せやから、最近の各窯元さんはいろいろ工夫されてるんです。いろんな釉薬の調合とか色の出し方、器の形があって、それが窯元さんの丹波焼の味になっています。丹波焼には表現の上で特別な制約もなくて、自由にできるのが魅力の1つやと思いますね」。


丹波焼に使われる土は、四ッ辻粘土(よつつじねんど)や弁天黒土(べんてんこくど)といわれるもの。いずれも立杭の周辺で採土されていて、丹波焼を作るのに欠かせない存在です。「立杭の地で焼き物に適した土が採れるから、焼き物の文化が栄えた」と茂子さん。世界に誇る丹波焼は、この土地の特性と、それを生かそうとする人々の営みによって受け継がれてきました。



「丹窓窯」もまた、連綿と受け継がれてきた伝統を大切にする、由緒正しい窯元です。
「過去の記録がお寺の火事で焼けてしまったんです。残っている文書を見る限りでは私で8代目ですけど、本当はもっと古い窯元やと思います」。



「丹窓窯」で作られてきた丹波焼の中でも、茂子さんが“丹窓窯のオリジナル”だと考える代表格は、6代目・丹窓氏の時に作成された“とっくり”。


「竹の筒に泥を詰めて字を書く『筒書き』という手法で、万葉仮名の“いろは”を描いた作品です。いろいろな字体があるんで、その中から作品に合うものを6代目の丹窓が抜粋して。『丹窓窯』にしかない、誰にも真似できない技法です。先代だった主人も、丹窓のようには上手く書けませんでした」。



その伝統を、7代目・茂良さんと茂子さんの2人が新しい形で紡いでいくことになります。

海を渡って伝えられた「スリップウェア」との出合い

昭和28年 柳宗悦やバーナード・リーチが初めて丹波を訪れた時の写真


丹波焼の長い歴史とともに歩んできた「丹窓窯」。「丹窓窯」が遠い異国の陶芸文化と融合するきっかけとなったのは、6代目・丹窓氏の時。1920~30年代にかけて民藝運動が盛んになり、“民藝運動の父”とも呼ばれる思想家・柳宗悦(やなぎむねよし)や河井寛次郎(かわいかんじろう)らが日本全国の窯場を訪ね、丹波の地にも来訪。この時、共に「丹窓窯」を訪れたのが、イギリスの陶芸家で民藝運動にも携わっていたバーナード・リーチでした。
※民藝運動:日常生活で当たり前に使われてきた手仕事の日用品に、独自の美しさ“用の美”を見出し、評価した生活文化運動のこと。「民芸」とは、民衆的工芸の意。柳宗悦が中心となって行われ、現在でも活動が続けられている。



バーナード・リーチは、「スリップウェア」と呼ばれるイギリスの陶芸で用いられる表現手法に惚れ込み、一度は途絶えたその文化を復活させた人物です。


スリップウェアとは、泥を使って模様を描く表現技法を用いて作られた、食器などの日常雑器のこと。17~8世紀に一度栄えたものの、産業革命による大量生産のあおりを受けて、次第に姿を消していきます。しかしリーチは、豪華で華やかなものだけが美しいのではなく、日常生活の中に当たり前に存在しているものの中にこそ美しさが潜むと考え、それらを見直そうと立ち上がります。イギリスに窯元「リーチポタリー」を開いて作品づくりに励むようになりました。そのころ日本でも民藝運動が盛んになり、“用の美”として生活の中に存在する美しさが見直されるように。日本とイギリス、海を隔てた思想家と陶芸家が共鳴し合い、互いの文化に影響を及ぼしました。



リーチはその後も訪日した際には「丹窓窯」に宿泊するなど、交流が続きました。その頃、茂子さんは後に7代目となる茂良さんと結婚。茂良さんが若手職人として研鑽(けんさん)を積んでいた折、リーチから連絡が入ります。


「“これからの丹波焼は西洋的な食器類も作ってみたらいいと思うから、勉強のためにイギリスへ来てみたら?”って、リーチさんから主人へ連絡があって。渡英して修業することになったんです」。


立杭の地に深く根付いてきた丹波焼を掲げて、遠い異国の地に渡る決心をした茂良さん。


「当時、丹波焼を受け継ぐ人が少なくなっていたんです。“丹波に新しいことを取り入れて、もっといろんな人に丹波焼を知ってもらいたい”っていう気持ちもあって、主人はイギリスへ行ったんやと思います」。



渡英後、工房「リーチポタリー」で4年間修業を積んだ茂良さん。リーチの批評を受けながら陶芸の腕を磨き、リーチが熱心に取り組んでいたスリップウェアにも触れることになります。茂子さんも2人の幼い子どもを連れて、10カ月間イギリスに滞在しました。


帰国後、7代目として「丹窓窯」を継いだ茂良さんは、伝統的な丹波焼作りに加えて、スリップウェアの作品づくりにも取り組み、丹波焼の個展も開催。茂子さんはその技術を間近で見つめ続けました。

8代目としての決心と丹波焼の新たな可能性


2011年、7代目・茂良さんが亡くなり、跡取りがいなかったため窯元を閉めることも考えたという茂子さん。思いとどまらせたのは、茂良さんが教えていた陶芸教室の生徒さんの言葉でした。


「主人が亡くなった時、生徒さんが“奥さんがぜひ続けてください。窯元を守ってください”と言ってくれて……。代々続いてきた窯元ですので、やっぱりここで閉めてしまうのは悲しいなと思いとどまったんです」。



一念発起して8代目になったものの、その時すでに69歳。不安な気持ちがあったのも事実。その時支えてくれたのが、茂良さんを長年そばで支え、間近で作品作りを手伝ってきた経験でした。
「周りから“あんた今からようするなぁ”と言われたけど。今まで毎日工房へ行って、夫と一緒に仕事をして覚えてきたから全部身についてて。だからこそできたんです。そうでないと、急にはできません」。


穏やかに語る茂子さんからは、ご主人を想う気持ちと強い意志が伝わってきました。



6代目が泥を使ってとっくりに万葉仮名を書いたように、小さな日常雑器に泥を使って模様を描くスリップウェア。茂子さんは直線や曲線で描く幾何学的な模様のほかに、フクロウなど動物の絵を描くこともあるそう。“自由な表現ができる”ということが、茂子さんが語るスリップウェアの魅力です。


「丹波焼にはもともと“墨流し”っていう技法があって、それがスリップウェアにも似てるんですよね。ほかにも古い丹波焼に今のスリップウェアと同じような模様が描かれてるものもあって……今でこそ“スリップ”って名前がついてますけど、昔の丹波焼にも似た部分があったんだと思います」。
異国の地から日本へ持ち帰ったスリップウェアの技術が、茂子さんの手によって丹波焼に施されます。



茂子さんがスリップウェアに使用するのは、伝統的な丹波焼で使うものと同じ、白い化粧土と黒い化粧土。さらにその上から糠釉(ぬかぐすり)や飴釉(あめぐすり)と呼ばれる釉薬をかけることで、焼き上がりは青や黄色へと変化します。「スリップを施した丹波焼は、和食と洋食、どちらにもよく合います」と茂子さん。土地に根差した文化同士が海を渡って出合うことで、“日常の新しい美しさ”を生んだのです。



成形した器をろくろに置き、回転させながらじっと見据える茂子さん。タイミングを見てスッと泥を引いたかと思うと、あとは迷う様子もなく一心に模様を描いていく……。まさに職人技と呼ぶにふさわしい筆運びは繊細で、周りの空気が一気に緊張感に包まれるほど、ある種の崇高さを感じさせます。

変わりゆく窯元と変わらない思い


茂良さんの残した作品や、イギリスのスリップウェアの本など、ほかの作品からインスピレーションを受けて作品づくりに取り組む茂子さん。


「丹波はよその人をあまり入れていなかったんですよ。立杭の窯元だけでやってた。でも最近は、ほかの地域から来た人も窯を持たれるようになって。丹波の立杭焼を絶やさないために、いろんな人が立杭焼に関わってくれるのはいいことやと思います」。


この10年は、茂子さんの娘である公子さんが京都から通い、「丹窓窯」を継ぐべく勉強中。最初は窯を継ぐという意識はあまりなかったそうですが、生前に直接手ほどきを受けた父・茂良さんの教えや、今も一番近くで学んでいる母・茂子さんのスリップを見つめる中で、“「丹窓窯」の伝統を守りたい”と、窯を継ぐことを決意。親子で窯元を受け継いでいく茂子さん、今後の目標は何でしょうか。


「今の状態を維持できたらいいなと思います。テレビとか雑誌で取り上げてもらって、お客さんに来て頂いて、作品を手に取り喜んで頂く。これでいいかなと思っています。健康に気を付けて、元気で動ける間は頑張って丹窓窯を守っていけたらなと思います」。


土地に根差した伝統文化は、人から人へ伝えられることで存続していくもの。その中で新しい文化を取り込み、形を変えながら人々の暮らしを豊かにし、見る者の心を動かす。民藝運動にも通じる伝統文化の新しい在り方が、「丹窓窯」では “日常”になっています。



取材後、茂子さんが作ったスリップウェアでケーキとコーヒーを頂いていると、こんなコメントが。


「私ね、仕事しいなんかしらね…何もしない日の方がしんどいんですよ。“あんたまだしよんの。ようするなぁ”ってみんなに言われるけど、“健康のためやあ、ぼけんためにしょんのやでえ”言うてね」。 まだまだ衰えを知らない茂子さん。丹波焼の新たな可能性を見出すべく、立杭の地で今日も器と向き合います。

市野茂子さんの丹波立杭焼が購入できる場所

■取材先:丹窓窯

■住所:兵庫県丹波篠山市今田町上立杭327Google map

■TEL:079-597-2057

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