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南あわじ市 - 人形浄瑠璃/淡路人形座

時代を超えて。人形遣いが紡ぐ淡路人形座の未来

公開日|2022年2月22日

500年以上に渡り淡路島で伝承されてきた淡路人形浄瑠璃。国の重要無形民俗文化財に指定される郷土芸能は、大阪で発展を遂げた文楽のルーツにもなりました。いにしえより、国生み神話が伝わる神秘の島で、淡路人形浄瑠璃はどのように発展し、地域の宝となったのでしょうか。淡路島に唯一残る座元「淡路人形座」で人形遣いとして伝統を支える吉田史興さんと吉田千紅さんに話をうかがいました。

吉田史興(よしだしこう)、吉田千紅(よしだせんこう)

吉田史興(よしだしこう)、吉田千紅(よしだせんこう)

●吉田史興(よしだしこう) 写真左:1971年生まれ。人形遣いとして淡路人形座で活躍し、米国での大学講演経験もあり。現在は同座の営業部長として、広報活動にも積極的に取り組んでいる。
●吉田千紅(よしだせんこう) 写真右:1994年生まれ。淡路人形座に人形遣いとして所属し、若手人形遣いの筆頭として活躍が注目されている。

500年以上の歴史を誇る淡路人形浄瑠璃と人形遣い

物語を語る太夫(たゆう)、音を奏でる三味線、人形を操る人形遣いの妙技が1つになった総合芸術「人形浄瑠璃」。豊漁や豊作を祈願し、感謝するための神事として始まり、時代の流れとともに民衆娯楽への変化を経て、広く人々に親しまれるようになりました。
淡路人形浄瑠璃は、室町時代にえびす信仰を世に広めていた摂津西宮の百太夫が淡路島に移り住み、地域の人々に人形の操り技を伝授したことが発祥と言われています。全盛期には島内に大小40以上の人形座があり、全国各地を巡業して浄瑠璃文化を伝えていました。

江戸時代に旗揚げした淡路人形浄瑠璃の名門・吉田傳次郎座(よしだでんじろうざ)の道具類を引き継ぐ淡路人形座。第二次世界大戦後、消滅の危機にあった淡路人形浄瑠璃を立て直すため、1964年に誕生しました。現在は常設館での公演を中心に、国内外での興行、人形遣い体験等ができる学校での出前講座に加え、オーケストラとの共演や太鼓演奏者との舞台などを通して、淡路人形浄瑠璃の魅力を伝え、文化の普及と発展に努めています。

淡路人形浄瑠璃は、男性だけで演じる文楽とは異なり舞台上で女性が活躍するのが特徴で、淡路人形座には太夫、三味線、人形遣いのすべての分野に女性が在籍しています。また、人形の早替わりや、舞台背景を次々と変えるカラクリ「大道具返し」など、奇抜で派手な演出が楽しめるのも醍醐味です。

拍子木の音と共に幕が開くと、情感豊かな太夫の語りや力強い三味線の音に合わせて、3人の人形遣いが1体の人形を絶妙に操ります。繊細に動く指先や流れる視線など、仕草の一つひとつがしなやかで、まるで命が宿っているかのよう。淡路人形座で35年に渡り、人形遣いを務める吉田史興さんは、「主役はあくまで人形。私たちは黒子となって気配を消し、息を合わせて人形の魅力を引き立たせるのです」と、その役割を話します。

人形遣いは3つパートに分かれており、両足を操る足遣い(あしづかい)、左手を操作する左遣い(ひだりづかい)、頭と右手を司る主遣い(おもづかい)と、順に技を修得していきます。
同座の女性人形遣いとして10年のキャリアを重ね、活躍する吉田千紅さんは、「主遣いを任されるようになっても、一人前と呼ばれる日は来ません」ときっぱり。「私たちの世界では、足遣いと左遣いの修業にそれぞれ7〜8年はかかり、主遣いは一生の勉強と言われています。先輩たちから技を盗むだけでは足りず、師匠には人間のリアルな動きや表情から学ぶのが一番と教えられ、街中などで人間観察をするのが癖になりました」。

1体あたり2キロはあるという人形を、女性が操るのは至難の技。舞台上では無理な姿勢も強いられます。千紅さんが駆け出しの頃は、ひどい筋肉痛に襲われ、毎朝ベッドから起き上がれない日が3カ月も続いたそうです。
「最初は関節に力が入ってしまい、全身が辛くなるのは誰もが通る道。そのうちに慣れて筋肉をうまく使えるようになれば、人形も柔らかく操れるようになります。足遣いの修業中に、体の使い方を覚え、人形の動きの中心となる主遣いへの気遣いをしっかり体得しておくことが、人形遣いとしての基礎につながります」と千紅さん。その言葉に、下積み時代の苦労がにじみます。

深い縁と絆。刺激し合いながら歩む芸の道

取材中、時には親子に見えるほど、仲睦まじい史興さんと千紅さん。実は、千紅さんの母親と史興さんは同級生で、2人は千紅さんが生まれた時からの付き合いなのだそう。千紅さんは物心がついた頃から史興さんを本名の篤史さんから「あつっさん」と呼んで慕い、人形遣いの道に入る時にも、史興さんの導きがありました。
「中学校に入り、部活動の見学でふらりと郷土芸能部をのぞいた時に、生徒を指導していたのがあつっさん。勧められて人形を触ってみると、変化する動きや表情がおもしろくて、入部を決めました」。

人形浄瑠璃の世界観にすっかり魅了された千紅さんは、島で唯一、郷土部がある淡路三原高校へと進学します。卒業後は人形遣いで身を立てたいと、顧問の先生に頼みこみ、求人募集をしていなかった淡路人形座へ直談判。史興さんの強い後押しもあり、千紅さんの希望が叶いました。

千紅さんの人形遣いとしてのセンスを、昔から感じ取っていたという史興さん。「集中力と表現力は抜群。私のアドバイスにも真摯に耳を傾け、自分なりに理解して形にしようとする姿勢に未来が見えました。最近は、彼女なりのまじめさが人形を通して表現できるようになったと思います。次は、自分の内に秘めた感情やユニークさをプラスすることで、芝居に“千紅らしさ“が生まれるのではと期待しています」。

先輩からの思わぬ褒め言葉に、照れ笑いを浮かべる千紅さん。そして表情を引き締め、円熟の域に達した史興さんの芸に対し、尊敬の念を示します。
「同じ演目でも、人形遣いそれぞれに物語の解釈が異なり、表現の仕方に個性が現れるのが人形浄瑠璃の奥深いところ。史興さんは三枚目のおどけた表情や仕草がうまく、自然と観客の笑いを誘う巧みさに、いつも心を奪われます」。 時には悩みを打ち明け、心の底から信頼し合う先輩後輩であり、良きライバルでもある2人。互いの存在に刺激を受けながら切磋琢磨し、先人たちが築き上げた文化をさらなる高みへと押し上げます。

国内外で発信する郷土芸能の魅力

淡路島には人形浄瑠璃だけでなく、だんじり唄や神楽、踊りなどの神事芸能が、今なお数多く残っています。これらが時代を超えて受け継がれているのは、郷土を愛し、神を尊ぶ島民たちの支えがあるから。史興さんは舞台に立つかたわら、母校で指導を続け、後継者の育成にも力を注いでいます。

地元でさまざまな活動に励む一方で、より多くの人に淡路人形浄瑠璃の魅力を伝えるため、全国各地や海外での公演も積極的に行っている史興さんと千紅さん。「おもしろいことに、私たちの芸は地元から離れれば離れるほど人気が高まるんですよ」。淡路島ではすっかり慣れ親しまれた人形浄瑠璃も、他の地域で演じれば珍しがられ、特に劇場で観劇する習慣がある都会では、チケットの売れ行きがすこぶる好調だとか。

「何度訪れても反響が大きい国はフランスです。一般的に人形劇といえば子ども向けが多い中、淡路人形浄瑠璃は大人向けの内容であることが、受け入れられる理由の1つだと思います」。1体の人形を3人で操る技術も注目を集め、開演前には行列ができ、2日続けて劇場に足を運んでくれる熱心なファンにも恵まれました。

「海外公演では、私たちなりに国民性を読み、観客を引きつけるために演目を吟味します。アメリカでは史実をもとにしたファンタジー『義経千本桜』、フランスでは早替わりの見せ場がある『狐七化けの段』などの演目を披露し、大変好評でした」。臨場感を損なわないために、太夫の語りは日本語ですが、理解を深めたいと事前に勉強してきてくれる人もいて、2人も舞台に熱が入ります。

国内の遠征先へはトラックで移動し、荷下ろしや舞台の組み立て、片付け、照明や音響などの裏方仕事など、すべて自分たちで行うのが淡路人形座の伝統。海外遠征では、時差や不慣れな環境に体がついていかず、苦労することも。
そんな体力勝負の興行が続いても、「舞台には中毒性があるからやめられない」と口をそろえる2人。「舞台に立った時の高揚感や、客席に咲く笑顔と温かな拍手から得られる充足感。これは経験した者にしかわからない感覚です」。
故郷が誇る伝統文化が、日本や海外で愛されることは、史興さんと千紅さんにとって深い喜び。大人はもちろん、全世界の子どもたちに楽しんでもらえる舞台を披露することが今後の目標です。コロナ禍が収束し、再び各地で公演できる日を心待ちにしながら、今日も精進を重ねます。

継承と革新。次世代へ紡ぐ思い

伝統芸能が今後も長く人々に愛されるためには、「歴史を重んじながらも、柔軟な変化をいとわないことが大事」と史興さんは話します。淡路人形座では、時流を敏感にとらえ、今の時代に求められるあり方を模索。その1つが上演前に行うバックステージツアーです。以前は年に数回の特別公演として実施していましたが、コロナ禍で落ち込む常設館の客足を逆手に取り、通常公演として少人数だからこそ喜んでもらえる企画を実施。観客を舞台に上げて行う舞台装飾などの説明や、人形との記念撮影が好評で、劇場に足を運ぶ楽しみを広げています。

また近年は、多様な舞台の形にも挑戦してきました。「言葉が難しい」という声に応えて制作した新演目は、童話「泣いた赤鬼」をテーマにし、分かりやすさをとことん追求。淡路出身の刺繍アーティスト・清川あさみ氏プロデュースの「戎舞+(えびすまいプラス)」では、艶やかな人形衣装や舞台背景にオリジナルアニメーションを取り入れた斬新な演出で、郷土芸能に馴染みの薄かった若い客層の獲得に成功しました。淡路人形浄瑠璃は積み重ねてきた伝統の上に革新をアップデートすることで、新たな魅力を開拓しょうとしています。

「人(後継者)を育て、人(客)に観せ、人(後世)に伝えていく。人形もまた、人の心情を写し出す鏡であり、いつの時代も人が要となって脈々と受け継がれてきたのが淡路人形浄瑠璃です。信仰心に厚く、郷土をこよなく愛する島の人たち、そして自然豊かな環境がなければ、今の発展はありませんでした。私たちは多くの人の支援や声援に応え、今にあぐらをかかず、謙虚な気持ちで伝統を継承していくことが使命です」。力強い史興さんの言葉に大きくうなずく千紅さん。共に芸の道を真摯に、そして楽しみながら歩んでいきます。

  • 取材先

    淡路人形座

  • 公式サイト

    https://awajiningyoza.com

  • 住所

    兵庫県南あわじ市福良甲

  • その他

    公演等に関する詳細は、公式HPでご確認ください