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ハレとケの器文化をめぐるガストロノミーツーリズム
旅先で出合う一皿は、その土地の風土や文化をそっと映し出す。近年注目される「ガストロノミーツーリズム」は、料理だけでなく、その背景にある物語までも味わう旅を指す。今回は、漆器が息づく京都と、丹波焼で知られる兵庫・丹波篠山へ。ハレ=非日常、ケ=日常という日本人の価値観に寄り添いながら、食と器が織りなす豊かな世界を訪ねる。
おもてなしの心が息づく、京漆器で味わう朝ごはん。
大きな窓に広がる日本庭園に安らぐ京懐石「螢」。
京都で早起きをすると、いいことがたくさんある。例えば、朝の静けさの中に息づく京都の日常に出合えたり、体にしみ入る“京の朝ごはん”を味わうひとときが、旅の始まりをやさしく彩ってくれる。そんな特別な朝を演出してくれるのが「京都ブライトンホテル」だ。
館内の京懐石「螢」では、日本庭園を眺めながら正統派京懐石を堪能できる。なかでも創業以来、旅行者だけでなく地元の人々にも愛されてきた名物の朝粥は、“京の朝ごはん”を象徴する一品。さらに、京都ガストロノミーを存分に楽しむなら、季節の料理を老舗「象彦」の漆器に盛り付けた特別朝食をぜひ体験したい。
1日10食限定の「螢」の特別朝食6,000円(写真はイメージ)
1日10食限定のこの朝食は、京都産「どんたま」の出汁巻き玉子や京都美山産大豆のゆば豆腐、京都西京味噌の白味噌汁など、地元の食材や老舗の味が詰まった贅沢な献立。煮物、味噌汁、出汁巻き玉子と、料理ごとに異なる出汁を使い分ける繊細な仕事に、京料理の奥深さがにじむ。象彦の塗り皿に盛り付けられた季節の前菜や、千鳥模様の縁高に収められた小鉢も華やかで、目にも楽しい。名物の朝粥はあわび粥の特別仕立てで、醤油、みりん、かつお出汁で整えた粥餡をかけていただくと、色合い、風味、塩味の絶妙なバランスに思わず唸る。
料理を味わうと同時に、漆器を通して京都の美意識に触れる体験は、まさに日常を離れた「ハレの朝」。旅の記憶に深く刻まれる一日の始まりになるだろう。
※2025年10月時点の情報
京漆器が奏でる、物語を秘めた美の世界。
右から、夕顔蒔絵 被蓋内二段宝石箱550,000円、秋草に月蒔絵 被蓋内二段宝石箱385,000円。
寛文元(1661)年の創業以来、 塗りや蒔絵の美しい京漆器の伝統を受け継ぐ「象彦」。蒔絵とは、漆器に漆で文様を描き、その上に金粉や銀粉を蒔いて華やかな絵模様を生み出す技法のこと。京都では平安京の時代から朝廷や寺社が求める超一流品が作られ、蒔絵の技法が磨かれてきた。「象彦」では江戸後期から、独自の図案を用いた一点ものを多数制作。蒔絵の技術を結集した宝石箱などの絢爛豪華な品は、ハレの日の道具として受け継がれている。
日本の四季を描いた「十二ヶ月冷酒杯」1客27,500円。
「象彦」の漆器の魅力は、文化的背景や四季を映す意匠の美しさ。例えば、「十二ヶ月冷酒杯」は、1~12月まで、日本の移ろう四季を箔と色漆で描き分けた酒器で、大胆な構図の中に潜む繊細な表現は、京の雅を知り尽くした「象彦」ならでは。その美しいシルエットが、一つの木地から削り出されていることにも驚かされる。
「彩りカップ」各15400円。高さ9cmの小ぶりなカップで、色は赤・緑・黄色の3色展開。
海外でも注目を集めているのが、漆器の概念覆す「彩りシリーズ」。まるで金属のような風合いのカラフルな漆器は、木ならではの軽さも兼ね備え、“割れないカップ”としてカジュアルに使うことができる。
寺町通りにあるモダンな店舗。
創業の地・寺町に構える本店は、ガラス張りの開放的な佇まい。広々とした店内には、美術品さながらの名品から、日々の食卓を彩る器までが揃い、漆器の奥深さと、時を超えて輝く新たな魅力に出会える。
丹波篠山の大地の恵みを味わうオーベルジュへ。
黒豆畑に面した高台に立つ古民家レストラン。
神戸や大阪中心部から電車で約1時間、京都からは電車で約1時間半。豊かな里山の風景と黒豆や栗などの実りで知られる兵庫・丹波篠山は、古き良き日本の原風景が色濃く残る町。その地に2024年9月に誕生したのが、オーベルジュ併設のイタリア料理店「SEME」だ。
どの席からも厨房が見渡せるオープンな造り。
シェフの花田正寿さんは、ミシュランのビブグルマンを8年連続獲得した大阪の有名店を率いてきた人物。当時から丹波篠山の生産者とつながりがあったことから、食料の輸送にかかる距離を極力なくし、環境負荷を低減するフードマイレージゼロを目指し、丹波篠山に移住。築50年を超える古民家を改装して「SEME」を開いた。店内にはカウンター6席とテーブル席が配され、高台に立つ窓からは、田んぼや黒豆畑といった篠山らしいのどかな風景が広がる。
コースの1品目は、「里山の風景」という名のカラフルなサラダ。
メニューは「おまかせコース」のみ。有機野菜や山菜、野草、ジビエなど、丹波篠山の大地の恵を取り入れた料理は、薬膳の陰陽五行説の考え方を軸に、心と体をやさしく整える食養生を提案している。料理は丹波焼をはじめとする手仕事の器に盛り付けられ、風土そのものを味わうような骨太なガストロノミーを体感できる。
8800円のランチコースより、鮎のコンフィと手打ち麺のパスタ2品。
おすすめは8800円(夜は11000円)のコースで、前菜3品に、手打ち麺のパスタ2品、メインディッシュ、デザート、コーヒーまで付く充実の内容だ。1品目には、地元農家からおまかせで届く旬の野菜を使ったカラフルなサラダが登場。ソースに至るまで余すことなく野菜を使い切ったSEMEのシグニチャーだ。120年の歴史を誇る丹波焼の窯元「丹文窯」の器で提供されるのは、パスタとラビオリ。力強い器が食材の生命力を引き立てながら、味わう人の五感に深い余韻を残す。
メインディッシュは丹波鹿のグリル。鹿の胃袋の煮込みを添えて。
この日のメインディッシュは、炭火で焼き上げた丹波鹿。赤ワインベースのソースには、ワイン用ぶどう・マスカットベリーAを刻んで潜ませ、豊かな香りで肉の奥深い旨味を引き立てている。丹波篠山の大地を思わせる「丹誠窯」の器が滋味深い料理を受け止め、テロワールを映し出しながら一層の存在感を放つ。
宿泊棟は1泊2食付き1人27500円。
レストランに併設された宿泊棟は、1日1組限定のプライベートな造り。ベッドに身をゆだねながら田園風景を望み、翌朝まで自然とともに過ごす時間は、食と暮らしを結ぶオーベルジュの醍醐味。滞在することで食養生をより深く体感できる。
丹波の宿泊の予約
丹波焼の伝統と革新が融合した窯元カフェ。
明治28(1895)年に造られた、丹波篠山の上立杭に現存する現役最古の登り窯。
丹波篠山市の中心部から車で約30分。山々に囲まれたのどかな谷あいに、丹波焼の郷・立杭地区が広がる。丹波焼は、瀬戸、常滑、信楽、備前、越前と並ぶ「日本六古窯」のひとつで、850年以上の長い歴史の中で、時代を超えて日常に寄り添う器が生み出されてきた。南北約4kmに連なる街道沿いには約60の窯元が軒を連ね、その多くが作品を手に取れるギャラリーを併設。作り手と語らいながら器に触れることで、風土や歴史を肌で感じられる、やきものの里ならではの風景が広がっている。
「INAEMON pottery studio & cafe」
その一角にある「INAEMON pottery studio & cafe」は、江戸中期から続く丹波焼の窯元「稲右衛門窯」の11代目・上中剛司さんが2022年に始めたギャラリー&カフェだ。
ギャラリーでは「稲右衛門窯」11代目の作品を展示販売。
丹波焼の伝統を守りつつ、現代の感覚を取り入れたモダンな器が揃う。
ギャラリーでは、丹波焼の伝統を受け継ぎながらも、新しい表現を吹き込む11代目の作品を中心に展示。丹波焼の特徴である繊細な稜線文様「鎬(しのぎ)」に、鮮やかな彩色を重ねた器は洋食とも相性がよく、国や文化を超えて暮らしに寄り添う。
巨大なレンガ窯が存在感を放つ開放的なカフェ。
ハンドドリップコーヒー各550円。
ギャラリーに隣接するカフェは、作業場をリノベーションした吹き抜けの開放感あふれる空間。先代まで使われていたレンガ窯が静かに佇み、ものづくりの歴史を感じながら、稲右衛門窯の器で淹れたてのコーヒーや焼き菓子を楽しめる。
世界でひとつの器を旅の思い出に。
彩色デザインコース3850円。所要時間は40~60分。
稲右衛門窯では、土・日・祝日限り陶芸体験の受け入れも可能。手びねりや電動ロクロに加え、稲右衛門窯の真骨頂である「彩色デザインコース」も体験できる。
釉薬は10種類から3種類選べる。色の追加は1色につき+330円。
マスキングテープで皿を区切り、釉薬を塗り分けていく。
「彩色デザインコース」は、彩色シリーズと同じ釉薬と手法を用いて、オリジナル作品を作れる人気のプログラム。釉薬を塗り分ける工程では、稲右衛門窯の作品を参考にするもよし、一から創作するもよし。窯で焼き上げると鮮やかに発色し、思わず歓声が上がるほどの仕上がりになる。焼き上がりから発送までは1~2ヶ月ほどかかるため、旅から戻っても楽しみが続く。
京漆器と丹波焼――「ハレ」と「ケ」の器文化をめぐる旅は、食を通して地域の美意識と暮らしを体感できる、唯一無二のガストロノミーツーリズムとなる。
丹波の宿泊の予約
(掲載スポット)
京都ブライトンホテル
https://kyoto.brightonhotels.co.jp/en/
京漆匠 象彦
https://www.zohiko.co.jp/global/en/
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稲右衛門窯/INAEMON pottery studio & café
SEME




