TOP食材や生産者に“感謝と尊敬”を。テロワールに根差したフランス料理を追求
神戸市 - フレンチ/神戸ポートピアホテル

食材や生産者に“感謝と尊敬”を。テロワールに根差したフランス料理を追求

公開日|2022年1月26日

兵庫県の新たな魅力を紐解く鍵となるテロワール。そのテロワールから生み出された食材は、料理人の手によってより輝き、多くの人にその魅力が届けられます。現代フレンチのルーツの一つであり“料理界のダ・ヴィンチ”とも称される大家アラン・シャペル氏の料理哲学を引き継ぐ、「神戸ポートピアホテル」総料理長・岸本貴彦さんにお話をうかがい、料理人が考える兵庫県のテロワールの本質に迫りました。

岸本貴彦(きしもと たかひこ)

岸本貴彦(きしもと たかひこ)

(神戸ポートピアホテル 取締役 総料理長 調理部長 兼 レストラン統括料理長)
兵庫県加古川市出身。辻調理師専門学校、辻調理技術研究所を経て、神戸ポートピアホテルに入社。製菓、宴会部門で経験を重ね、レストラン「アラン・シャペル」へ異動。研鑽を積み、副料理長、次いで料理長に就任。フランス本店での研修にも参加し、現地の「アラン・シャペル」の料理哲学を兵庫県でも体現する。2013年に神戸ポートピアホテルの総料理長に就任。現在に至る。

料理人としての原点と、フランス料理への共感

「神戸ポートピアホテル」に関連する全13店舗のレストランを束ねる岸本貴彦総料理長。趣向の異なる各店の顧客に対し、要望に寄り沿ったメニューの考案や提供を行い、ホテルで提供される料理の全体像を把握する役割を担っています。この道30年のベテランシェフが料理人を志すようになったのは幼少の頃。兵庫県加古川市の兼業農家に生まれ、多忙な両親の家事を手伝い始めたのが原点。当時を思い出しながら、少しはにかみつつ話してくれました。

「子どもの頃から料理人になりたいなと思っていたんです。親を手伝おうという意識があったのか、食材が好きだったのか、食いしん坊だったのか分かりませんが……。自分で作った料理を、みんなに“おいしい!”と喜んでもらえるのってうれしいじゃないですか」。

その後も、かつてのTV番組『料理天国』に出演していたシェフたちの高いコック帽を見て、憧れを募らせていった岸本さん。高校を卒業後「辻調理師専門学校」へ進学します。和・洋・中さまざまなジャンルの料理が学べる中、フランス料理を極めようと決めたのは、その料理哲学に共感したから。

「最初はフランス料理に高級というか、敷居が高いイメージを持っていました。でも学ぶにつれてフランス料理はもっと身近な存在であることに気がつきました。例えば、フレンチには “素材そのものの全てを生かしきる”という考え方があります。肉料理だと、最も上質な部分はステーキにして提供し、肉の骨や野菜のくずなど、本来なら捨てられてしまう部分は香ばしく炒めて、ワインと合わせてソースにする。実はそれって、幼い頃から身近にあった農家の暮らしにすごく通じるんです。商品はお客さんのところに出荷して、商品にならないものは生産者が家で食べ、肥料にする。全てを生かしきるという考え方が私にはすごく共感できて。それがフランス料理を志した理由なのかもしれませんね」。

フレンチレストラン「アラン・シャペル」への憧れと料理哲学

「神戸ポートピアホテル」最上階に今も残る「アラン・シャペル」メモリアルコーナー。アラン・シャペル氏の写真やこだわりの皿が展示されています

数あるレストランの中から就職先に「神戸ポートピアホテル」を選んだのは、今はなきフレンチレストラン「アラン・シャペル」への強い憧れがあったから。「アラン・シャペル」は、フレンチ界のダ・ヴィンチとも称されるアラン・シャペル氏が、フランスはリヨン郊外のミオネーに創設したレストラン。バターやクリームを多用する伝統的フレンチではなく、食材の風味や質、色を重要視し、食材に寄り沿って調味する現代フレンチのルーツのひとつとなった店です。その世界で唯一の提携店として、1981年に「神戸ポートピアホテル」に出店。当時はまだ日本にフレンチレストランは多くなかったこともあって、岸本さんは迷わずその門を叩きます。

「アラン・シャペル」フランス本店をイメージしたレストラン内。本店の庭に咲いていた花や、イメージカラーのグリーンを基調にコーディネート

同ホテルに就職後は、製菓部門、宴会部門の冷製料理を担当したのち、念願かなって「アラン・シャペル」へ配属に。そこで学んだ料理哲学が、岸本さんの料理人人生の根幹となりました。

「アラン・シャペルの料理哲学としてまず挙げられるのは、“食材を大事にする”ということですね。これはフランス料理全体の“食材を無駄にしない”という考え方と共通します。それに加えて、食材そのものの美しさを生かすという考え方も重要です」。

アラン・シャペル氏は、例えば野菜であれば、どの畑で採れたか、さらには畑のどの場所で採れたかまで考慮し、食材に向き合う人。また、盛り付けも直感的に配置したら動かさず、何度も食材に触れることをしません。見た目を重視し、技術で食材に飾りつけをするだけでなく、食材の良さを引き出してあげることも料理人にとって大切な仕事だと語る岸本さん。食材そのものが持っている姿や美しさを理解し、それが最も伝わるような料理にするというのが、アラン・シャペルの根底に流れる考え方です。

もう1つ岸本さんの心に深く刻まれたのが、“感謝と尊敬”を忘れないということ。

「食材はもちろん、生産者の方や流通にかかわる方にも感謝をする、ということが何より大切です。われわれ料理人は、もとの食材の良さを“引き出す”ことはできても、無いものを“作り出す”ことはできない。そんな力は料理人には無いんです。素材が良いから、料理もよりおいしくなる。より良い食材を作られている方の努力を尊敬するべきだと思いますし、食材に対しても敬意を持っています」。

フランスで学んだテロワールと料理の関係

「神戸ポートピアホテル」で代々受け継がれてきたアラン・シャペル氏のルセット(レシピの意)

その後も料理人としての経験をさらに積んだ岸本さん。しかし、憧れの場所で働く中で、少しずつ自分のフランス料理に疑問を持つようになりました。

「“その土地に根差した素材を使って料理をする”というのも、アラン・シャペルの料理哲学として教えていただいた大切な考えの1つでした。しかし、神戸でも一生懸命学んでいても実感があまり伴っていないような感じで。頭の中でやり方は理解しているけれど、実は本質的には理解できていなかったのでしょうね」。

「アラン・シャペル」フランス本店で研修を行う岸本さん

そんな疑問と停滞の中、約2カ月間「アラン・シャペル」フランス本店で学ぶ機会を得た岸本さん。ここで、“その土地に根差した料理を作る”という「テロワール」の考え方を直接実感することになります。

「例えば、私がフランスでテロワールを強く意識した食材にザリガニがあります。日本でザリガニといえば、川に生息しているアメリカザリガニが主流で、食べ物としてのイメージはほとんどないですよね。当時の私もその状態でした。それに対してフランス料理では、現地のザリガニを結構使用するんです」。

なぜフランスではそのような文化が根付いているのか。岸本さんは、フランス国内の各地に足を運ぶことで、その文化が生まれた理由を理解しました。

「フランスは、日本と違って国土のうち海に接しているのは一部分のみ。だからきれいな淡水で育ったザリガニを食べる文化が根付いている。ほかにもそういう料理がいくつもありました。そこで出されている料理が、その地域ならではの料理、まさにその土地で生まれた料理だということ。ここでテロワールの本当の意味を初めて理解しました」。

「アラン・シャペル」フランス本店のシェフ仲間と

神戸の地では料理をおいしく仕上げるための知識や技術を学び、フランスでは料理が生まれる理由や過程について、より深い部分に触れた岸本さん。「アラン・シャペル」の料理哲学への理解を深めるとともに、テロワールの大切さを再確認し、この考えを体現する料理を兵庫県で作り出したいと考えるようになりました。

フランスから神戸へ。兵庫県ならではのテロワールを

「“土地に根差した、その土地ならではの料理を作る”ということが料理人にとってのテロワールだと思います。その土地にその食材がある。だからそれを使った料理のレシピが生まれる。『アラン・シャペル』本店で学んだことを、神戸の地でも実現していきたいと思うようになりましたね」。

兵庫県で長年フランス料理に携わってきた岸本さん。その瞳には、兵庫県のテロワールの魅力はどのように映っているのでしょうか。

「兵庫県は南北に県域が広いので、食材がとても豊富なのが何よりの特徴だと思います。北は日本海、南は瀬戸内海に囲まれ、同じ魚でも2つの海では違うものがありますよね。海産物に限らず、農作物や畜産物など、季節に応じてさまざまな食材が豊かにあって、われわれも料理に使うことができるのがとてもありがたい。素晴らしい場所でお料理をさせていただいていると思います」。

食材を何より大切にする岸本さんは、自ら生産者のもとへ足を運ぶこともあります。そこで気づかされるのは、“食材が大切に育てられている”ということ。

「丹精込めて仕事をされている方は、農場を見ただけで違いが伝わってくるんです。自分たちの仕事場である田畑や作業場を、きれいに手入れされている。そういった方が作られた食材は、新鮮で質も高いです。私も農家の出身ですので、農業の大変さは身に染みて分かります。よい食材を作ってくださる生産者の方にはいつも感謝しています」。

生産者のもとへ足を運ぶにつれ、そんな生産者の作物に対しての敬意も募ります。食材の良さを広く伝えるために、その魅力を引き出した料理を作ること。それが、「テロワール」という考えを広く知ってもらうために、料理人が貢献できることだと考える岸本さん。消費者と生産者が直接出会い、語り合う機会をもっと作りたいとの思いから、フレンチ界のシェフやレストランの顧客、生産者を招いたイベントも定期的に開催しています。

「規格外の商品など、捨てられるものをホテルでなんとか使えないかと考えています。まだ画策している段階ですけど」。

テロワールの思いを未来へ受け継ぐために

自らが学んだ「アラン・シャペル」の料理哲学や兵庫県のテロワールを生かしたフランス料理を、今後岸本さんはどのように次世代に紡いでいきたいと考えているのでしょう。

「素材を大切にして、生産者の方々を尊敬するという気持ちは、若い方々にもぜひ学んでいただきたいです。そういったことは直接話をするようにしていますね」。

また、後継者を育てるためには、まずは料理の楽しさを感じてもらえるような環境づくりが大切だと考えています。

「われわれの仕事はどうしても厳しく指導するというイメージが強いかもしれないんですけど、私はあまりそういう考え方ではなくて。もっと料理の楽しい部分とか、魅力的な部分を伝えられるような環境を作りたいと思っています。その人なりのモチベーションが持てる環境で、熱い気持ちで仕事をしてもらえる人を育てたい。職場はそういうチームでありたいです」。

取材中、ほかのスタッフたちと談笑している姿が印象的だった岸本さん。自らの経験によって得た技術、料理哲学、そして料理に対する熱い思いを実践し、伝承していきたいという願いと、その考えに固執しすぎるのではなく、時代に沿った新しいアイデアも積極的に取り入れていこうとする柔軟性。その両方を持ちえているからこそ、多くの後輩から慕われているのでしょう。

“兵庫ならでは”をオリジナルな料理で

後継者を育てることはもちろん、自らも1人の料理人として、テロワールへの追求を止めることのない岸本さん。今後も食材に感謝し、兵庫県のテロワールを生かしたフランス料理を作ることで、岸本さんならではの料理を表現していきたいと考えています。

「お料理には、作り手ならではのオリジナルの姿があると思うんです。例えば『アラン・シャペル』の系譜をくんだものは、見ただけでそれと分かります。あとで作り手の方に話を聞くと、アラン・シャペルで修業をしたとか、修行経験のある方と縁があったとか。受け継がれているものがあるんでしょうね。私も兵庫県の食材の力を借りて、“これは岸本の料理だ”と気づいてもらえるようなフランス料理が作れたら素晴らしいなと、そう思っています」。

取材後、「普段喋るような仕事じゃないんで、うまく喋れてないかもしれませんけれど…大丈夫ですかね」と照れ笑いをされた岸本さん。「勉強させていただいた」「料理とは私にとって人生そのもの。学び成長させていただいた」……。言葉選びがとても丁寧で、食材と生産者への感謝や尊敬の念を常に心に留めた、謙虚で誠実な人柄が伝わってきました。今でも仕事をしていて一番うれしいのは、お客様の喜ぶ顔が見られた瞬間だと、少年のころからの想いも変わりません。

現代フレンチの祖とも言われる大家の系譜を引き、感謝と尊敬に味付けされた岸本さんの料理は、兵庫の食材の力を借りて神戸のフレンチを新たなステージへと導きます。そして“兵庫のテロワール”というエスプリの効いた料理が、兵庫県のみならず日本全国に広がり、兵庫県を訪れるきっかけになってほしいと、岸本さんは切に願っています。

<岸本さんが監修する兵庫県のテロワール料理が楽しめる場所>

  • 取材先

    神戸ポートピアホテル フレンチレストラン 「トランテアン」

  • 公式サイト

    https://www.portopia.co.jp/restaurant/detail/trente/

  • 住所

    兵庫県神戸市中央区港島中町6丁目10−1 神戸ポートピアホテル31階 Google map

  • 備考

    営業時間・定休日は「神戸ポートピアホテル」公式HPでご確認ください