TOP300年にわたる食文化を次世代につなぐ「丹波黒」栽培
丹波篠山市 - 丹波黒

300年にわたる食文化を次世代につなぐ「丹波黒」栽培

公開日|2022年7月27日

丹波篠山市の特産物「丹波黒(たんばぐろ)」。その大粒で美しい姿と深みのある香味が評価され、全国から人気を集める黒大豆です。正月のおせち料理に欠かせない黒豆として家庭で親しまれるのに加え、成熟しきる前に収穫する「黒枝豆」は多くの美食家を魅了しています。今や全国ブランドとなった丹波黒の魅力は、初めから備わっていたわけではなく、何代にもわたり地域の農家の方々が、大きく品質の良い豆を選別し栽培し続けてきたことによって培われてきました。篠山の中でも、丹波黒の産地として特に名高い丹波篠山市川北において、丹波黒づくりに長年携わっている山本博一さんに、栽培の工夫や後継の指導に込める思いを伺いました。

山本博一(やまもとひろかず)

山本博一(やまもとひろかず)

丹波篠山市川北にて特産物・丹波黒の栽培を行う。2001年に日本特産農産物協会の「地域特産物マイスター」に認定。2006年には全国豆類経営改善共励会の農林水産大臣賞を受賞するなど、丹波黒栽培とその指導において、各方面から高い評価を受ける。

300年の歴史が育んだ丹波篠山の誇り

穏やかな傾斜の山々が開けた土地をぐるりと囲む丹波篠山市。7月上旬、肥えた土に広く間隔をとって作物が植わっている畑が点在しています。人々の工夫と手間をかけた栽培によって、今や全国的な人気ブランドとなった「丹波黒」です。

「丹波黒」とは、丹波篠山市で栽培される黒大豆のこと。その歴史はなんと300年以上にもなり、篠山の人々の手によって在来種として受け継がれてきました。丹波黒が特に広く知られているのは、正月のおせち料理に欠かせない艶のある美しい大粒の黒豆として。また、グルメマニアの間では「黒枝豆」としても人気。丹波黒が完全な黒豆になる前に収穫する黒枝豆は、9月~10月のほんの3週間程度という短い期間でしか味わえない至高の一品です。

中でも、丹波篠山市川北で作られる丹波黒は特に質が良く、おいしいことで有名。丹波黒の本場とも言われる川北には、長年にわたって丹波黒栽培とその指導を行ってきたレジェンドがいます。

「6月下旬に苗の定植をしたばかり。今年は雨が降らんのがいかんなあ」。そう語るのは、約60年にわたって丹波黒栽培に携わってきた山本博一さん。2001年には、地域特産物の栽培や加工などにおいて、優れた栽培技術や育成指導を行った人が選ばれる「地域特産物マイスター」に認定されました。

「丹波篠山といえば農業が主流やろ。自分も篠山を代表する仕事がしたくて、農業が学べる学校に進みました」と山本さん。県立農林講習所(現兵庫県立農業大学校)を卒業後、20歳で丹波農業協同組合に就職。組合職員として農家への指導を行う中で、自分の仕事に気づきがあったと言います。「人に指導するなら、自分も作ってみなあかんと思って、丹波黒の栽培をはじめた。丹波黒を選んだ理由は、300年続いてきた歴史の重さを感じたから。篠山の誇りを途絶えさせたらあかんと思いました」。

質の良い丹波黒づくりを地域一体で

丹波黒栽培をはじめた山本さんは、農家によってその栽培方法が異なることに気づいたと言います。丹波黒栽培は、苗を植えた後は倒れないように土寄せと支柱立てを繰り返し、収穫の時期には手作業で選別を行うなど、とにかく手間がかかります。「大勢の人が丹波黒栽培に携わっていたが、栽培方法はその人それぞれやった。良いものも悪いものも混ざり合っとる。そこから、誰でもなるべく効率的に作れて、おいしく収穫量も多い栽培方法がないか試行錯誤しました」。

山本さんがたどり着いた一つ目の栽培のコツは、苗を植える間隔を広くとること。通常は1メートル50センチほどの幅の畝(うね)に2列に分けて苗を植える「2条植え」を行いますが、それを「1条植え」にすることで、苗同士の間隔を保たれ風通しと日当たりが良くなるので、管理がしやすく、病気も少なくなると言います。

土づくりにもこだわりが。牛糞堆肥を使用していたこともありましたが、体力的な厳しさを感じるようになってからは、麦の栽培による肥えた土づくりに切り替えました。「麦が1メートル20センチくらいまで成長したら、土にすき込んで緑肥にする。土づくりだけで半年くらいかかるけど、その分丹波黒はおいしく育つ」。連作を嫌う丹波黒は、1年ごとに土地を替えて栽培を行うため、その度に土づくりも行うそう。手間暇かけているからこそ、全国に名高い丹波黒ブランドが成り立っているのです。

さらに山本さんが着手したのは、地域内における、丹波黒栽培に関するスケジュールの統一化。「タイミングを決めて、その時期になったらこれをする、というのをみんなで実践すると、全員が良いものを作れる。種まきの時期、苗の定植の時期、花が咲く時期、実がなる時期……全部目安を決めて、作業はベストタイミングで行うのが大事」と山本さん。

また、丹波黒の特徴でもある大粒の実を後世へ受け継いでいくため、種の選別にも力を入れています。「丹波黒は、先人たちがこれまでも時間をかけ良いものを選別してきたことにより大粒のものが残ってきたんやけど、特に基準があったわけではなくて。それで我々の代は、大きくて、見た目が美しく、粒がそろった形の良いものを残すっていう、明確な基準を作ったんや」。山本さんの畑でも、収穫の時期は家族や親せき総出で作業。黒枝豆は9/25~10/20、黒豆は11/23~12/7にかけて、5:30~19:00まで収穫や選別を行うそう。山本さんの丹波黒栽培に対する言葉から「300年の歴史を篠山の農家全員で守っていく」という強い意志が感じられます。

土壌と気候風土が支える篠山の宝・丹波黒

「丹波黒の苗を持ち帰ってほかの土地で栽培しても、同じような品質の黒大豆はできないよ」と断言する山本さん。その理由は、丹波篠山の恵まれた土壌と気候風土にあります。「篠山盆地は、昔は湖の底やったんや。川の水とともに良い土が流れこみ、その水が抜けて人が農業をするのに好条件の土壌が残った。あとは、黒鉄(鉄分)も多く含まれてるから、それも関係してるやろなあ」。

また篠山盆地特有の昼夜の寒暖差も丹波黒を生む秘密の1つ。「ほかの地域やと夜の気温が高すぎる。呼吸量が多くて夜にたくさんデンプンが消耗されるから、おいしくならへんのや」。さらに、乾燥しがちな秋~冬にかけては「丹波霧」が出るので農作物に潤いを与え、質の良い丹波黒ができるそう。

また、丹波黒づくりには適度な水も必要。「全部に水やりするわけにもいかへんし、雨が降ってくれることも大事な条件。今年は梅雨明けが早かったから水不足で生育が遅れがちやけど、自然のことは変えられへんからなあ」と山本さん。自然との共生によって育まれる丹波黒は、年によって多少質の差はできてしまうものの、いかにおいしい丹波黒を栽培するかは、山本さんが長年の経験で培ってきた技術と工夫にかかっているのです。

伝統を後継へ残すのは自分の使命

児童や学生に向けた丹波黒栽培の指導も精力的に行う山本さん。「地元の小学生への指導は25年間続けてきた。子どもに教えるからこそ意味があると思うんや。篠山の誇りを守るためには、小さい頃から伝えていかなあかん」。種まきから収穫まで一年かけて学ぶことで、丹波黒がどのように育ち、実るのかを直接体感することが出来るのです。

授業では、笑い話のような他愛もない話題から、日本の農作物の未来に関わる話まで、丹波黒の栽培方法以外にもさまざまな話をするそう。「日本の食料自給率は今40%を切っていて、60%以上を海外からの輸入に頼ってるやろ。今は輸入出来てるけど、いずれそれが出来なくなる時代が来るかもしれん。だからこそ、農業に関わるのがいかに大切か、という話もする。国民の食べるものがないと生活できませんから」。

現在83歳の山本さんは、重労働とも言える丹波黒栽培に取り組みながら、小学生や高校生、大学生への指導も続けています。しんどくないのですか、と率直な疑問をぶつけてみると、「そりゃあ体力的にしんどい時もあるけど、誰かが教えんと300年も続いてきたものが途絶えてしまうやろ。自分が未来の世代に伝えることで、地元の宝をみんなで受け継いでいかなあかんとずっと思ってるからなあ」と、柔らかい笑顔を向けてくださいました。その姿からは、子どもたちや地元農家の皆さんから慕われている理由がひしひしと伝わってきました。

「最近は元気な子が多いなあ。こういう子が増えて、農業に携わってくれたらうれしい」とこぼす山本さん。現在、丹波篠山市で丹波黒に関わる人は1,600人を数え、後継は確実に育っています。

取材中「これ食べてみ」と、黒枝豆をごちそうしてくださった山本さん。ほんのり黒みがかった殻は、もともと在来種であったという丹波黒の特徴を端的に表し、“貴重な自然の恵みをいただいているのだ”という実感を強く感じることが出来ます。ざるに山盛りになった黒枝豆に少し顔を近づけただけで、立ち上ってくる濃い枝豆の香り。口へ運んでみると、実の大粒さとほくほくとした食感、強い豆の味、ほんのり感じる甘みとバランスのとれた塩気に、手が止まらなくなりました。一粒ひと粒が大きいので、食べ応えも抜群。「黒枝豆は、やっぱり塩をかけて食べるシンプルな方法が一番。黒大豆は正月の黒豆がおいしい」と誇らしそうに笑みをこぼす山本さん。令和3年2月、「丹波篠山の黒大豆栽培」は日本農業遺産に認定されました。栽培技術だけでなく集落での助け合いもその認定評価の一つ。気さくで頼れるリーダー山本さんの存在が、地域の誇りをより輝くものへと導いています。

丹波黒、黒枝豆が購入できる場所

  • 店舗・場所

    味土里(みどり)館
    兵庫県丹波篠山市東吹942-1

    特産館ささやま
    兵庫県丹波篠山市黒岡70-1

  • その他

    ※丹波黒は常時販売。黒枝豆は例年10/5解禁、2週間程度販売予定。