TOP和牛の伝統を繋ぐ繁殖農家の使命を背負って
新温泉町 - 畜産/但馬牛

和牛の伝統を繋ぐ繁殖農家の使命を背負って

公開日|2022年3月24日

兵庫が世界に誇るブランド食材「神戸ビーフ」。産地、血統、肉質などにおいて、厳しい基準を満たした一部の但馬牛のみに与えられる名誉ある称号です。神戸ビーフのみならず全国ブランド牛の素牛(もとうし)である但馬牛の原産地、但馬地域。中でも美方地域は、その伝統的な牛の育て方や暮らしと自然の循環の仕組みが貴重として日本農業遺産に認定されています。今回は、親子で但馬牛の伝統を守り受け継ぐ新温泉町の「植田畜産」を訪ねました。

植田秀作(しゅうさく)・星七(せな)

植田秀作(しゅうさく)・星七(せな)

但馬牛の繁殖農家「植田畜産」を営む親子。数多くの品評会で上位の成績を収める優秀農家として名高く、秀作さんは美方郡新温泉町海上地区の区長も務める。娘の星七さんは、2021年の「日本学校農業クラブ全国大会 意見発表会」における、最優秀賞ならびに農林水産大臣賞の受賞者。

牛をかっこいいと思えた日

美しい棚田の景色がどこまでも広がる兵庫県美方郡。昭和30年代までは、田んぼを耕す農耕牛として小柄で穏やかな性格の但馬牛が重宝され、美方の農業を深く支えてきました。

「山で育てて、草で飼う。これが但馬牛の鉄則やでねぇ。昔ながらの風習を守って、うちも夏には牛を放牧します。ここは雨がよく降るから、青草がいっぱい育って天然のエサになるし、足腰も鍛えられて健康な牛が育つんですよ」。こう語るのは、但馬牛の伝統を守り受け継ぐ、美方郡新温泉町の繁殖農家「植田畜産」の植田秀作さん。ご両親と娘の星七さんと、家族で畜産業を営んでいます。

星七さんは2022年3月に農業高校を卒業したばかり。春からは兵庫県立農業大学校の畜産専攻に進学予定です。「夏休みには毎日放牧してる牛に会いに行くんですけど、私の顔を見て駆け寄ってきてくれる牛の姿がたまらなくかわいくて。その瞬間に“あ〜幸せだな〜!”って感じます」。そういって屈託のない笑顔を見せる星七さんは、元々動物が大の苦手だったとか。

中学1年生のとき、母親の再婚を機に鳥取から美方に越してきた星七さん。犬や猫すら触れられなかった彼女にとって、牛を初めて見たときは「でかいし、怖いし、ほんま嫌!」と逃げ出したくなるほど怖かったそう。「兵庫に引っ越すと初めて聞いたときは、キラキラした都会の神戸を思い描いていたんです。でも実際に来たのは、ど田舎で、真っ黒い牛がわんさかいて。とんでもないところに来てしまったと、牛も父も敵に見えました」と当時の葛藤を懐かしそうに語ります。

大きな転機となったのは星七さんが中学2年生の冬。「植田畜産」が県代表に選ばれ出場した「全国和牛能力共進会宮城大会」です。5年に一度開催される“和牛のオリンピック”とも呼ばれる大会で「植田畜産」は県大会を勝ち抜き、初の全国大会に出場。星七さんは観光ついでに……と軽い気持ちで秀作さんに付いていったところ、会場の雰囲気に圧倒されたと言います。

「大会には、何千人ものギャラリーと全国から選ばれた出品牛が集まっていて、とにかく迫力満点でした。モデルウォークするみたいに、牛と生産者が広い舞台をゆっくり一周して、それが大きなスクリーンに映し出されるんです。出品牛はどの子も貫禄があって、黒く輝く毛並みが綺麗で、あんなに怖かった牛が不思議とかっこよく見えて感動しました」。

大会の結果は思うように振るわなかったものの、「全国の名だたるブランド牛に囲まれて、あの舞台に立てるだけで名誉なこと。星七にもその景色を見せたかった」と秀作さん。この経験をきっかけに、親子の距離、そして星七さんと牛との距離もぐっと縮まります。

命を繋ぐ繁殖農家の使命

全国大会に出場した“よしふく3”(牛の名前)の元に案内してもらうと、星七さんの元に駆け寄る愛らしい姿が。「この子は本当に性格が穏やかな子で。大会のときに父の手伝いでエサをあげたら、私に顔を寄せて甘えてきてくれたんです。牛ってかわいい一面もあるんだなって新しい発見でした」。

牛に魅せられその後農業高校に進学した星七さん。平日は学校で座学や牛の世話、週末は朝の6時から家業の手伝いと、牛ざんまいな生活を送ります。進路について秀作さんからの導きがあったのか尋ねると、「僕から何かを強制することはなかったですね。自分からやりたいと思わないと、何事も続かないし、牛へも愛情が伝わらないでしょう」ときっぱり。

一般的に肉牛の生産は、母牛を人工授精させて子牛を産ませ、その子牛を8~9ヶ月間飼養し、家畜市場等に出荷する「繁殖」と、家畜市場から導入した子牛を20ヶ月前後肥育し、と畜場等へ出荷する「肥育」の2つの工程に分かれます。「植田畜産」は繁殖農家として、40頭の母牛を飼育し、毎年一頭ずつ子牛を産ませます。生まれた子牛は9割を市場に出荷、残りは母牛になるまで飼育しています。

美方郡の農家は約9割が繁殖農家で、2022年3月現在、香美町に43軒、新温泉町に48軒あります。「繁殖と肥育の一貫経営の道も考えたけれども、但馬牛の子牛を育てる(繁殖)というのがこの土地の伝統だからね。それに自分の目で一頭一頭丁寧に見れる数を維持したいから」と秀作さんはあくまで繁殖農家であることにこだわります。

品評会で優秀な成績を収める「植田畜産」。評価対象となる牛の体格や肉のつき方を管理するため、特別なケアが欠かせません。品評会に出す牛は、気をつけの姿勢を調教する“つなぎ運動”やブラッシングを毎日行います。また大きな大会に出る出品牛は、春から秋にかけて1日1回30分の“ひき運動”、犬でいう散歩をさせるのも重要な仕事。飼い主に懐かせ、品評会で暴れずにまっすぐ歩けるよう、訓練を重ねます。

「楽しいことだけではないよ、やっぱり命を扱う仕事やからね。朝起きて牛舎をのぞくと、産まれたばかりの子牛が亡くなっていることもある。牛を出荷するときはもちろん寂しい気持ちもあるけど、僕らも牛のおかげで生活してこれたから“ありがとう”という気持ちのほうが強いかな。だからこそ、命をいただく感謝の気持ちをこめて、愛情をいっぱいかけて育てています」と生き物を飼う苦労と命への感謝の思いを打ち明けてくださいました。

牛にも地球にも優しい美方地域の但馬牛システム

“よしふく”の例からも分かるように、牛には一頭一頭名前が付けられ、福や幸など縁起のいい名前を与えるのが美方地方のならわしなんだとか。

「家族同様に牛を育てるというのが美方では大切にされていてね。昔は玄関横に「マヤ」(牛用の部屋)を設え、ひとつ屋根の下で暮らす家庭も多くあったほどです。県内でも牛の扱い方は美方が一番やなと感じますね。毛並みを見ただけで違いが分かるくらいブラッシングも格段に丁寧です」。

「命をいただくからには、できることはやってあげたい」という秀作さんは、自前の田んぼを持ち、牛にとって理想的なエサとなる稲わらづくりも行っています。

「牛の堆肥を田んぼに使うから化学肥料の使用が減って、地力が高まるとともに、そこに住む生物の生態系にもやさしい農業になる。減農薬で育った良い米は人が食べて、稲わらは牛のエサになって、田んぼはきれいに。そうやって棚田や里山の景観も保たれているんです」。

但馬牛を育てることで暮らしが循環する「兵庫美方地域の但馬牛システム」は、畜産分野では日本で初めて「日本農業遺産」に認定され、現在、世界農業遺産への登録を目指しています。

世界に誇る和牛文化を支える純血黒毛和種・但馬牛

但馬牛のもう一つの大きな特徴として挙げられるのが、黒毛和種の中で唯一、県外の牛と交配せず、県内純血を維持していること。中でも美方郡の但馬牛は郡内純血をいまだに維持しており、世界でもここにしかない貴重な遺伝資源であることも日本農業遺産認定の大きな要素となっています。

明治時代には牛肉を食べることが文明開化の象徴と考えられ、但馬牛と外国種を交配した大型牛などの品種改良も進められました。しかし、性格が粗暴で疲れやすく農耕牛に向かない、加えて肉質も悪く肉用牛にも適さないため、わずか4年で大型牛のブームは終焉。明治30年(1897)頃から全国に先駆けて整備されてきた牛の戸籍「牛籍簿」が血統登録の基礎となり、独自の遺伝資源が守られました。

優秀な遺伝子を受け継いで生まれた但馬牛の子牛は、松阪牛や近江牛など、全国のブランド牛の素牛(もとうし)として出荷され、現代では日本の黒毛和種の99.9%が但馬牛の系統にあたります。

「但馬牛は美方の誇り、日本の誇りです。但馬牛の存在があったからこそ、全国各地で上質な牛肉が食べられるんです。僕ら繁殖農家は、但馬牛の命を繋ぐ使命があります。これからも美方の伝統的な飼育方法を守り、後世に伝えていきたいと思います」。

1000年以上前から美方の暮らしを支え、明治時代からは和牛ブランドの歴史を紡いできた但馬牛。その先人から繋がれてきた生命を途絶えさせないために、「植田畜産」は繁殖農家としての使命を全うします。

日本一の名に恥じない未来を父と共に

農業大学校卒業後の進路について星七さんに問うと「卒業後すぐに跡を継ごうとは考えてないですね」と意外な答えが返ってきました。

「兵庫県内の牧場を回って、いろんな牛の育て方を勉強したいです。ただ牛がかわいくて畜産をやっているんじゃなくて、やっぱり肥育農家や消費者に喜んでもらいたいというのがゴールなので」。

星七さんは昨年「日本学校農業クラブ全国大会」に出場し、意見発表会部門で最優秀賞ならびに農林水産大臣賞を受賞しました。全国で農業を学ぶ高校生が集い、身近な問題や今後の抱負について7分間で発表する同大会。動物嫌いから牛飼いになったストーリーを語ったスピーチで感動を呼び、日本一へと輝きました。さらには、同世代や畜産業に携わる人々に勇気と感動を与えたとして、養父市長賞も受賞しています。

「日本一になったことで、牛との出会いをくれた父に少し恩返しができたかな」と少し照れくさそうに話す星七さん。受賞をきっかけに自身のSNSのフォロワー数が増え、「植田畜産」のブランディングだけでなく、但馬牛や神戸ビーフなど畜産業全体のPRをするチャンスと意気込みます。

「日本一やからねぇ。今後もしっかり結果を出して行かんなね」。娘を誇らしげに見つめる父。次なる目標は2022年10月に行われる「全国和牛能力共進会鹿児島大会」の県代表になること。父から娘へ受け継がれ共に抱く想いが、日本のおいしい日常を守っていくのです。

<取材協力>
植田畜産
0796-93-0560

<但馬牛が購入できる場所>