ホーム  >  エリア情報 > 但馬エリア > ふるさと百景  >  生野銀山まち回廊(朝来市)

 



トロッコ道跡

 

鉱山として栄えた生野、独自の文化が花開く
但馬ではさまざまな鉱物が産出され、繁栄を極めました。掘り出された鉱物は鉱山から選鉱所を経て精練所へ。金、銀、銅、錫などに変わっていったのでした。銀といえば、生野銀山。生野銀山は同和2年(807)に発見され、江戸時代には「御所務山(ごしょむさん)」という鉱山に対する最高位の名称が与えられ栄えました。生野銀山は幕府の直轄地として、銀を産出する宝の山として重要な地でした。江戸や京都、大阪との往来もひんぱんに行われ、独自の文化が生まれました。

 

 

 

国境の播磨口番屋や生野代官所を取り巻くように形成された朝来市生野町口銀谷のまち並みは、狭く入り組んだ路地が多く、その路地を入っても格子、土壁、漆喰をこらした家が並び、江戸期の建物も数多く残っています。
生野銀山で銅などの成分を取り出した後の廃棄物を鋳型で固めてつくった「カラミ石」と呼ばれるブロックをつかった石垣や家の土台などがあちらこちらに残っています。また、生野の温度差の激しい気候にも耐えられるように硬く焼いた瓦を「生野瓦」といいます。「カラミ石」と「生野瓦」は生野独自のもので、生野らしいまち並みをつくり出しています。

 



カラミ石
 

生野瓦

 

 

 



生野まちづくり工房 井筒屋

 

生野まちづくり工房 井筒屋は江戸時代に生野銀山の有力な山師であった吉川家が営む郷宿でした。郷宿とは公用で代官所に出頭する人々のための宿のこと。歴史を感じる部屋で庭を眺めながら一服すれば、時間が経つのも忘れてしまいそうです。
路地を歩けば生野の町がいかに銀山とともに生きてきたかがわかります。細く入り組んだ路地の家々は、きれいに掃き清められ、季節の花が飾られ、そこに生きる人たちの心意気や文化を感じることができます。

 


(問)生野町観光協会 TEL 079-679-2222 (朝来市生野町口銀谷)