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播磨

福原城 [佐用町]

(ふくはらじょう)
【官兵衛ゆかりの地】竹中・黒田の両兵衛による攻城地

概要

歴史・背景

【官兵衛とのかかわり】 黒田官兵衛と竹中半兵衛とが攻め落とした城。彼らに率いられた三千余騎の軍勢が福原城を包囲、天正5年(1577)福原城は落城します。この時、先陣を務めた官兵衛は、『孫子』の兵法を用いたといわれています。

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中世に築かれた代表的な「平山城」で、南面に川、後背に山の「城堅固」の立地で、空堀、防塁、馬落しなどよくその原型をとどめています。
元弘3年(1331)4月28日、淀の久我畷の戦いにおいて鎌倉方の総大将名越尾張守高家をただ一箭に打ち取った佐用兵庫介範家の築城と伝えられ、その後、赤松三十六家衆のうち福原氏がその城を継いだので、福原城とも言われています。

戦国時代末期、東西の勢力拮抗の狭間で、西の上月城、南の高倉城、東の利神城とともに赤松一統の城郭群を形成していましたが、天正5年(1577)11月、上月勢の羽柴秀吉との攻防により落城しその役割を終えました。
後世、土地の人々によって、時の城主福原藤馬允則尚の首級を祀るため城跡に一社が造営され、「福原霊社(俗に頭様)」として今に広く崇敬されています。

『福原城跡案内板』より

このお城ののみどころ

別名佐用城とも呼ばれる福原城は、黒田官兵衛と竹中半兵衛とが攻め落としたことで有名なお城。彼らに率いられた三千余騎の軍勢が福原城を包囲、天正5年(1577)12月1日に落城しました。
現在城跡にある神社は、落城時の城主の首級を祀ったものです。ひっそりとしたたたずまいですが、当時この場所で官兵衛たちにより戦いが繰り広げられたことを想像するのもお城探訪の醍醐味です。


本岡氏の詳しい訪問コメントはこちら
http://www.siromegu.com/castle/hyogo/fukuhara/fukuhara.htm

スタッフレポート

福原城へは車でアクセスしました。

専用の駐車場はないので、車の大きさにより次の2つから選びましょう。
 ・国道179号線沿いにある駐車場を利用(1枚目の画像参照)。
  ここから、福原城まで徒歩10分程度です。
 ・国道179号線にある城跡への標識を頼りに2枚目の画像の道を
  突き進みます。軽自動車1台がやっと通れるほどの道幅です。
  4枚目の画像の道を進むとお墓に到着し、1台だけ駐車できるスペースがあります。

2枚目の画像から見える木が生い茂っている場所に福原霊社があります。(3枚目の画像)

福原城落城の後、上月城が落城したということで、場所も近いので、上月城も行きたくなりました。当時を想像しながらの史跡巡りは楽しいですね。皆さんも是非セットで、上月城に行きましょう。

【お城と一緒にこんなプランはいかが?】
【モデルコース-福原城・上月城・利神城】城と巨木とコロッケと何か


※この情報は2014年3月現在の情報です。

スポット案内

基本情報

所在地 兵庫県佐用郡佐用町字福原
電話番号 0790-82-0670
休業日 なし
交通アクセス JR姫新線佐用駅からバスで大坪下車/中国道佐用IC~国道373号線
駐車場情報 なし
備考 なし


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