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神戸・阪神

枝吉城 [神戸市西区]

(えだよしじょう)
【官兵衛ゆかりの地】官兵衛の母の出身地でもある本家明石城

概要

歴史・背景

【官兵衛とのかかわり】 官兵衛の母・明石氏の出身地です。明石氏は歌人明石正風(あかしまさかぜ)の娘です。雅な女性で、官兵衛に大きな影響を与えましたが、彼が14歳の時に死去。このため一時期、官兵衛は文学に耽溺していたといわれています。

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枝吉城は、戦国争乱の時代が幕をあける十五世紀中ごろ、明石氏によって築城されました。明石氏は、古代明石郡の大領を先祖とするという言い伝えがあります。
城を台地上にかまえ、その東縁には城主の居館を中心に城下町が形成され、一時は地域の中心として賑わいました。その後、枝吉城は二度の合戦を経て、城下町もそのたびに戦火にあいましたが、十六世紀末にはキリシタン大名の高山右近重友が最後の城主となり、一世紀半にわたる枝吉城の歴史は終わりました。
枝吉城が築かれていた台地は城山とよばれ、六万三千平方メートルの範囲には田畑や雑木林、溜池がありました。

この台地上には、稲作開始期にあたる弥生前期の村落跡もありましたが、枝吉城築城の際に壊されてしまいました。弥生前期の村落跡「播磨吉田遺跡」と「枝吉城址」の顕彰碑が城山台地上に建立され、この地の歴史の一ページを記念しています。

『枝吉城跡案内板』より

このお城ののみどころ

山頂部へは資料館があるところからの自然道と、南側の整備された道の2つがあります。
山頂部は平坦な公園となっており、隅に城址碑がたてられています。
黒田官兵衛のお母さんは明石氏の出身といわれていますので、このお城で育ったのでしょうね。



本岡氏の詳しい訪問コメントはこちら
http://www.siromegu.com/castle/hyogo/edayosi/edayosi.htm

スタッフレポート

枝吉城跡へは2つのルートがありますが、今回は吉田資料館からのルートを取りました。
まず、吉田資料館の正面の左側に抜けると、「枝吉城跡」の立て看板がありました。その庭から城跡へ登城できるようになっていました。
3枚目の画像をご覧ください。この鬱蒼とした森のようなところが城跡へ続く道です。ちなみに、この周辺は平地であり、まわりは住宅街、お寺、そしてすぐそばに県道が通っています。とても、こんな森?!がある場所とは思えません。
次に、4枚目の画像をご覧ください。これが、城跡への道です。夕方になると思ったより暗いですし、急な坂道です。さらに、関西は夏が過ぎても蚊が徘徊していますから、女性の方はヒールやスカートではなくスニーカーやパンツがお勧めです。
50段もない階段を上りきると、1枚目や2枚目の写真のような開けた場所に出ます。

このルートは、ちょっと難易度が高いかもしれません。南側の整備されている道のほうが良かったかもしれません。
今回こちらのルートをとったのは、枝吉城跡だと明確にわかる看板が南側にはなかったからです(枝吉公園とありました)。次回は、南側ルートにチャレンジしたいと思います。


※この情報は2014年3月現在の情報です。

スポット案内

基本情報

所在地 兵庫県神戸市西区枝吉4丁目
電話番号 078-927-7815
休業日 なし
交通アクセス JR西日本 神戸線 西明石駅から神姫バス 吉田停留所下車 徒歩約10分/第二神明道路 大蔵谷ICから兵庫県道21号
駐車場情報 なし(吉田郷土館には無料駐車場有)
備考 吉田郷土館の中庭に城への道があるが、吉田郷土館が休館であっても登城は可能。


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