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淡路

志知城 [南あわじ市]

(しちじょう)
【官兵衛ゆかりの地】官兵衛が入城した四国攻めの拠点

概要

歴史・背景

【官兵衛とのかかわり】 秀吉の淡路攻略の際、官兵衛が“志ちの城”に入って戦略をめぐらした、とあります。おそらくこれは、調略、降伏交渉、根回しの類だったと思われます。淡路を制圧後、秀吉は官兵衛を志知城に置いて四国攻めを指揮させました。

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志知城は鎌倉時代の初めに菅和泉守道忠が築城したといわれています。その後数代にわたった菅氏は室町時代になり、淡路守護細川氏に属し、菅氏を改め、野口志摩介と号するようになりました。やがて細川氏の勢力が衰えると、家臣であった三好氏が台頭するようになり、淡路でも安宅氏をはじめとする淡路十人衆と呼ばれる土豪が三好氏に属するようになりました。
天正九年(1581)、長宗我部氏が阿波に侵入したときに野口長宗は郡家の田村康広と共に十河存保に味方して戦いました。さらに同年11月にはの秀吉による淡路攻めがあり、岩屋城・由良城が陥落。天正十年9月には秀吉の命により黒田官兵衛が志知城に在城して、長宗我部氏に備えました。
天正十三年(1585)、秀吉は洲本城に脇坂安治、志知城に加藤嘉明を配して治めさせます。その後嘉明が伊予正木に転封されると志知城は秀吉の直轄地になりましたが、代官の三好・石川氏が河口の叶堂城に新しい城を築き、それとともに志知城は廃城となりました。

新人物往来社刊『日本城郭体系12』参照

このお城ののみどころ

城跡をぐるりととりかこんだ水掘が城らしい雰囲気を醸しだしており、往時の郭の規模がよくわかる遺構です。
現在の縄張りは加藤嘉明の手によるものだとのことです。


本岡氏の詳しい訪問コメントはこちら
http://www.siromegu.com/castle/hyogo/siti/siti.htm


このお城を訪問したブロガー記事へのリンクはこちら(敬称略)
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スタッフレポート

城跡をぐるりと囲んだ水堀があるのですが、そこを渡る為の橋が台風の影響で、とても脆くなっています。渡れそうだからと渡ると怪我をする危険がある為、決して渡らないようにして下さい。現在は、水堀より外から城跡を観察してください。


※この情報は2014年3月現在の情報です。

スポット案内

基本情報

所在地 兵庫県南あわじ市志知松本
電話番号
休業日 なし
交通アクセス 淡路交通バス 洲本から志知 or 松美橋下車/神戸淡路鳴門道西淡三原IC~県道31号線
駐車場情報 なし
備考 なし


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